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「町だ―――!!!」
町の窓から身を乗り出して、一人の少女が、大声を上げる。それは緑黒の髪を持った、眉濃く凛々しい顔立ちの娘。けれど、年頃ならばまだせいぜいが子どもというころだろう。同じ電車に乗った天使や悪魔、お守りたちが、なんだなんだと振り返る。
「は、はずかしいよ、動使!」
隣に座った蒼い髪の少年が、あわてて彼女を抑えようとする。けれども、興奮収まらぬ様子の少女――― 動使クシナダは、興奮も隠せぬ様子で窓の外へと身を乗り出す。
「だってあんなに建物がある! すごい!! あんなに人がいっぱいいる―――!!」
「お、落ちるよっ! おちついてったら!」
背中では勾玉状の珠が、彼女の興奮を表すようにぐるぐると回っている。それに頭をぶつけないようにするのも大変だ。動使の白い服を引っ張りながら、少年、星幻子ピーターは、向かい合ったシートに怒鳴る。
「キミもとめてよっ、一本釣!」
「まぁまぁ。動使はこういうところをしらんき、興奮もするんだろうんぜよ」
しかし、ピーターとは打って変わってのんびりと答えて、再び手にした駅弁へと箸を伸ばす。頼りにならない。ピーターはがっくりと肩を落とす。
エリアからエリアへと続く列車。その車内。
列車は、今から、『天森京』へとたどり着こうとしている。
『天森京』――― それは、幻次界に存在する、六つの首都のうちのひとつだ。
大地がばらばらに砕け、それぞれのエリアが無数に重なり合って存在する幻次界において、世界は大きな六つの都によって統括されている。それぞれ、風、火、金、土、森、水の名を関した六つの『天京』には、さまざまなエリアでの政を統括するためのヘッドが置かれている。さらに中央には幻次界王のいただかれる『陽天京』があるのだが、実際にはそのエリアにまで出向くには時間がかかりすぎる。それに、この『天森京』を訪ねるには理由もあった。
「それで、そのなんとか言うヤツは、『天森京』のどこにいるんぜよ?」
「嵐淡々さんだよ。天森京の天次観測事務所にいるはず」
なんとか動使をシートにひっぱりもどしたピーターは、彼女のへばりつこうとしている窓を、強引に閉める。ぶーぶーと文句を言う動使の頭を押さえつけて黙らせた。
「天次観測事務所にいるはずだってオーロラが言ってた」
ピーターの育て親だったオーロラ天司は、界極点にある『天次観測事務所』に勤めている観測者だったのだという。
天体や次元の推移を観測し、その異変が起こればいち早く中央へと伝える。その任務は天変地異の発現をいち早く察知するために必要なものだ。天次観測の事務所はすべての天京に置かれている。
「ボクも、一本釣も、動使も、みんな星といっしょに天から落ちてきたんだよね? だから、観測情報を教えてもらえば、次はどこに行けばいいのかわかると思う。他の星もやっぱり幻次界に落ちてきてる可能性が高いと思うし」
「別の仲間が見つかるんだね?」
動使はいつだってくるくると表情を変える。今度はこちらの話題に、うれしそうに食いついてきた。
「ぼくね、昨日、夢を見たんだ! クロスにちょっと似た人と、あと、他にも二人、仲間みたいな天使が出てきたんだ」
「へえ?」
夢、といっても侮れない。
彼らの断片的な記憶の破片は、時に幻として、時に夢として姿を現す。眠れる力が意志に通じて発現することもある。
「どんな夢だったんぜよ?」
「えーとねー、たしかねー、ぼくが男の子で、なんだかきれいでやさしくてすごく偉い人がいて、あと、もう一人頼りになる仲間がいた。けんかしたり協力したり、いろいろしてた!」
「誰だろうねえ?」
彼らは『七人』いるはずだ。時におり、時によって、姿も形も違う。けれど魂には同一の『因子』が通じている。
今までに何度も出会い、何度も心を通じ合わせたはずだ。動使の見た『夢』がどこの時点の彼らだったのかは考えてもわかりようがないが、たしかにそれは彼らの『仲間』である可能性が高い。何よりも動使がとてもうれしそうな様子なのは、見ていてなんとなく心が和む。
「こーんなに人がいっぱいいるんだったらさ、探せば、すぐにみんな見つかるんじゃないかな!?」
動使はうれしそうに窓のほうをさす。一本釣がこつんと頭を小突いた。
「何言っとう。『天森京』は大きい町やないぜよ」
「……そ、そうなの?」
「そうぜよ。『天火京』や『陽天京』なんかに行けば、もっとずーっとたくさん人がいるぜよ。天使も悪魔もお守りも、数え切れないぐらいいるはずぜよ」
「ほんとに!?」
うわあ、と動使は口をあけた。
「……想像もつかないや」
一本釣はちらりとピーターを見る。そして、にやりと笑った。
「おまんも同じじゃろうが」
「……」
ぷい、とピーターはそっぽを向く。けれども、その顔を見れば、動揺しているのは明らかだった。
かたや世界の果ての『界極点』、かたや先端基地の『天涯境』で育った二人だ。大きな町になどまるで縁があるまい。旅暮らしが長い一本釣とは違う。一本釣はにやにやと笑いながら、二人の頭をわしわしとなでる。
「『陽天京』なんぞは、なんといっても幻次界一の大都会じゃけ、おまんらには想像もつかんじゃろ。人口は…… ええと、何百万人と言ったか……」
「うへええええ」
動使は眼が回ってしまったらしい。頭を抑える。
「想像もつかないやぁ……」
「動使は『天涯境』から出たことはないんがか?」
「うん。出ても『岩仙境』までだったし……」
どっちにしろ田舎もいいところだ。そういうことを考えれば、クロスが二人に動使を託したのもある意味正解だったろうと、一本釣とピーターは目を見合わせた。
『天森京』は、その名のとおり、森に覆われた都だ。
建物はみな内側が空間になった木々ばかり。天をつかんばかりの木々が聳え立ち、その中をくりぬいて建造物が作られる。道代わりに縦横に走った枝枝の通路、それに、水路には船が浮かべられ、人々の通行を助ける。
「うわあ〜、うわあ〜」
通路の上を歩きながら、動使は声を上げ続けていた。あっちのショーウインドウをのぞいては声を上げ、こっちの露天を見ては口をあける。あわただしい。けれども、一本釣は隣を見て、くすりと笑みを漏らす。
「我慢せんでもええんぜよ? ピーター」
「う…… ううん」
ぽかんと口を開けて遠くを行きかう飛行船に見とれていたピーターは、はっと我に返った。
「だ、ダメダメ! ボクがちゃんと調べないと、天次観測所にたどり着けないし!」
「そんなぁこたぁなか」
一本釣は笑いながらピーターの頭を小突く。
「あっしがちゃんと地図をもってるき、おまんも見たいものがあったら行くとええぜよ」
「そ、そうかな?」
「おう」
「じ、じゃあ……」
顔を赤くしてもじもじしていたピーターだったが、向こうで手を振っている動使に、思わずつられたように歩き出す。そのうち走り出す。走って行った先は花が満載になった花屋の店先だ。七色の花が四季も関係なくそろえられているのは、おそらく、このエリア独自のものだろう。七色のバラに眼を丸くする。そんな様子を一本釣はほのぼのと眺めた。
花が好きだったからなぁ、あいつは。
「……ん?」
だった、もへったくれもないだろうに。
ピーターは氷に閉ざされた界極点近くの出身だ。花を知らない可能性のほうが高い。なのに、『好きだった』も何もないだろう。けれど一本釣は、これこそ昔馴染みの証だな、と一人でうんうんとうなずいた。そういうことにはあまり頓着しない主義だ。物事は何事もありのままに受け止めるに限る。
―――そのとき、ふいに、音が聞こえた。
「?」
ぽろん、と爪弾かれる、弦楽器の音。
振り返る。すると、道端に、一人の天使が座って、楽器を爪弾いていた。
耳をくすぐる音色。そのどこかしら懐かしい音。それは水色の巻き毛の青年だった。やや幼い印象の丸顔で、つぶらな眼をしていた。一本釣よりも年上だろう。蔦の冠を額にいただいていた。背中には真っ白な翼がある。
静かな声が、ゆっくりと、声音をつむぎだす。
「神話は生まれ…… 伝説は語られる…… 歴史は唯記される……
ああ 物語は歌うように紡がれ続ける……」
ふいに、あたりが静まり返ったようだった。
都会の喧騒も、あたりの騒ぎも、すべてが消える。そこには、水色の髪の青年しか存在していないのではないかという錯覚を抱かせる。それは、それほどの広がりを持った声だった。
そして、それは、通行人の誰にとっても、同じことだったようだった。
道を行きかう天使たちが、悪魔たちが、お守りたちが、足を止めた。
青年は歌う。リュートらしい楽器を爪弾きながら。
「死を抱き眠る冥闇の水面渡り揺れる炎……
その灯火を命と呼ぶなら 言葉は力となるでしょう……」
それは有名な勲詩の一節だ、と一本釣は気づいた。
『神々の愛した楽園』という、詩。
幻次界の住人ならば、誰でも聞いたことがあるはずだ。それくらい有名な、また、古い詩だ。伝説と何かの関係があるとも言われるし、はたまた、書き手すら忘れられたただの古い詩に過ぎないというものもいる。けれども、その詩はどこかしら幻次界の住人に郷愁を抱かせる。どこか、遠い過去を思い起こさせ、胸の中に切ない思いを掻き立てる。
「どうしたの、一本釣?」
ととと、と駆け寄ってきた動使が不思議そうに一本釣の顔を見上げる。一本釣は我に返った。
「あ、ああ。なんでもないぜよ」
青年の声は、さらに朗々と響いていく。道は足を止めた人々でちょっとした人だかりになり、小柄な動使にはその向こう側も見えないだろう。ぴょんぴょんと飛び跳ねて向こう側を見ようとするけれども、かなわないらしい。ぶう、と頬を膨らませた。
「辻語りかな?」
戻ってきたピーターは、手に、薔薇の花束を抱えていた。なんのために買ったのか、幸せそうな顔を見れば、それが無粋だということはよくわかる。
「ああ、ずいぶん古い詩を歌ってるみたいぜよ」
何か気にはかかったが、人が集まりすぎて見えやしない。そもそも足を止めるタイミングでもない。やや足を引き止められつつ、一本釣は歩き出した。
あの蔦の冠を見れば、この『天森京』の住人だろうか、とも思えた。けれどもどちらかというと平凡な人間型の天使だった。見覚えはない。見覚えなどない。そう思うけれど、これほど足を引き止められるのは何故だろう。
ためらいながら一本釣は歩き出した。天次観測所は町のはずれにある。
―――実際の観測所はエリアから離れたところにあり、『天森京』にある支部そのものは、ただの観測事務所にすぎないということだった。
街中の巨大な木の一本、その中の事務所が肝心の場所だったらしい。そこまでいき、オーロラ天司の名を出すと、まもなく、一人の天使が出迎えてくれた。嵐淡々というのはその人だった。事情を聞いて、三人に席を勧め、お茶を出してくれる。
「キミが星幻子ピーターか。大きくなったなぁ」
ピーターが差し出した薔薇の花束は、どうやら土産のつもりだったらしい。やや惜しそうな顔で差し出すのを受け取って、嵐淡々はしみじみとピーターを見た。
「ボクを知ってるんですか?」
「うん、知ってるよ。キミが見つかったときには、オーロラ天司はまだまだ新米の観測員でなぁ」
ちっちゃな子どもなんかを抱え込んで、ずいぶん困惑したようだが、と笑う。
「しかし、星と一緒に落ちてくる子どもというのも珍しい。オーロラはいい父親になったかい」
「はい、それはもう」
「うん、うん」
大人びた対応をしているピーターに対して、動使は、それこそ、座っているのももどかしい、という様子だった。
部屋の中にはさまざまな形の機械が置かれ、巨大なモニターがあちこちから送られてくるデータを映し出している。あっちでアラームがなれば、こっちでランプが点る。忙しく立ち働いているなかには天使もいれば悪魔もいた。お守りの姿もある。眼を丸くした動使の前で、ひとつのモニターが、ゆがんだ空を映し出す。
「あ! あれって『天涯境』だ!」
ぴょんと立ち上がって叫ぶ動使に、ピーターはいやそうな顔をする。けれど、一本釣は眼をぱちくりと瞬く。
「分かるんがか?」
「うん! うちの傍の天穴だ!!」
天穴、というからには次元のほころびのことか。うち、という言い方に嵐淡々が驚いたような顔をした。
「まさかキミ、天涯境から来たのかい?」
「うん!」
「へええええ」
彼はつくづくと動使を見た。
「―――あそこだと最近、すごい現象が観測されてね」
思わず、三人は、ぎくりと目を見合わせた。
「次元の裂け目がものすごい理力の発動のせいでふさがったらしいんだよ。細かいことは機密だから漏らせないけれども、こっちでもえらい騒ぎになってなあ」
腕を組んでうんうんとうなずく嵐淡々に、ピーターと一本釣はどう反応したらいいのか分からない。あきらかにそれは動使のせいだ。それどころか、現象そのものを目の前で目撃している。
……神代の英雄の、降臨。
一人、はっきりしない顔をしているのは動使だった。
「そんなすごいことがあったの?」
「おお。まあ、詳細はちょっといえないがね」
「ふうん……」
彼女は、後で確認したら、自分が何を起こしたのかを、記憶していなかった。
自分が転身を遂げたことも、それと同時に『紫動星』ができあがったことも、何もかも覚えていない。後付で話は聞かされたらしいがはかばかしい反応は返ってはこなかった。それどころか丸一週間も意識を取り戻さなかったのだから、おそらく自分の起こした現象の衝撃が強すぎたということなのだろう。
自分ひとりが置いてけぼりにされたようで、動使はいささかふくれっつらだ。嵐淡々は笑って話を変えた。
「まあ、それはいいとしておこう。それで、なんだった。『星が落ちてきた』記録、だったっけ?」
「はい!」
ピーターが言うと、嵐淡々は腕を組み、うなった。立ち上がり近くのモニターを操作する。まもなく画面に羅列される――― 無数の記録の列。
「……ぱっと調べただけでも、これだけあるなぁ」
思わず、三人は、うめき声を上げた。
多い。
とてつもなく、多い。
「ピーター君が落ちてきたときに相当するエネルギー量のものは…… あと、ここ何年以内に限定する?」
「わ、わかりません。たぶん、色のある星だと思うんですけど」
「色、色のある星、それが何らかの理力を持っていて、誰かを生み出す星……」
そう限定条件を入力すると、反応はいくらか少なくなる。だが、それでもそうとうな量があった。一本釣がうめいた。
「こんなにぎょうさん、星が降って来とるんがか?」
「よくある災害だからなぁ」
嵐淡々は苦笑した。
「まあ、時期というものがあって、多い時期と少ない時期がある。流星のせいで大災害が起こって滅びるエリアもあるし、星が降ってくること自体が災害の前兆であることも多い。……うん、これなんかはどうだ?」
手近だったのか、なんなのか、嵐淡々はひとつのデータを呼び出す。
「これは…… 近いな。『樹惑海』だ。緑色に光る流星が落ちた、という話がある」
「それ! 詳細は分かりませんか!?」
「ふむふむ」
さらに細かなデータを呼び出す。数値的なものは当然のようにピーターたちには分からない。けれども嵐淡々は、一人でなんとも言えず面白そうな顔をする。
「うん、これなんかはキミたちがほしがっている『星』に近いな。緑色の光る星が落ちてきた…… 強い理力が観測されたけれど、その後に何かが起こった様子は無い。キミが見つかったときのデータに近いよ、星幻子ピーター」
さらにデータを絞り込む。けれども、ほかにはかばかしいものは見つからないらしい。嵐淡々は首をひねる。
「これ以上になると、今すぐに、というわけにはいかんなぁ。すまんねぇ」
この事務所だと、この近辺のデータしか集めていないからなあ、と嵐淡々は言う。
「広域にデータを集めるとなると、『陽天京』にある本部まで行かないと話にならん。だがなぁこの手のデータはけっこう機密になっている場合も多いのだよ」
「機密? なんで?」
きょとんと問いかける動使に、嵐淡々は複雑な顔をした。
「……天は、すべてを知っている」
「?」
「この幻次界の外のことも、未来の行く先も、過去に起こったことも、天はすべてを知っているのだよ」
「外……」
この幻次界の、果てより向こう。
「この幻次界は数千年の平穏を続けているが、そうではない場所もあるということだ。そしていつ、この幻次界にまで災禍がおよばんとも限らない。それを予知するために、我々は、常に観測を続けているのだよ……」
「はあー」
「ほおー」
動使とピーターが口をあける。子どもたちの反応に、嵐淡々は少しばかり得意げな顔をした。
……一本釣だけが、ひとり、静かに腕組みをして聞いていた。
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