スコール。
可愛い、可哀想な、おれのスコール。
たった一つしか、お前は、歌を知らなかった。そいつをおれに教えてくれたよな。お前の声はきれいだった。歌だって、思っていたよりずっと上手だった。
甘くロマンチックな、それでいて切なげな、大人びた歌。どうしてお前があの歌を知ってたんだろう。舞台の上で歌うひとりぼっちの歌手の歌。さびれたバーの片隅に座り、自分を見上げる一人の男に、訴えるように歌う歌。
スコール……
お前は、そんな想いなんて、知らなかったはずなのに。ぎしぎしときしむ舞台に立ったときに見える景色も、脂で汚れた酒場でエールの杯を打ち合わせる楽しみも、その片隅で微酔にまどろみながら甘ったるい歌を聴くときの心地も。
お前は強くなるよ、これから。もっと強くなり、大きくなって、誰かを護れるようになる。お前の腕は今でも十分に強くて大きい。けれど、お前がこれから手に入れるものは、きっと、今じゃ想像もできないくらいのもののはずなんだ。
おれは、そんなお前を見たかった。《ひとりぼっちでいられないこと》が持つ、とても大きな強さ。孤独で心細い魂を知っているからこそ、お前はそれを護れるようになる。どんな孤独な人間だって、愛することができる人間になる。
でも、そこにおれはいない。おれは、お前と一緒にいられない。それが辛い。辛くて怖い。どうしておれは、ずっとお前の傍にいられるような人間に、なろうとしなかったんだろう。
体が痛い。まるでぬるい水につかっているような感じがする。これは、ぜんぶおれの血だ。苦しくて咳き込むたびに血で喉が詰まった。でも、死なない。死ねない。ジタンのことを泣かせるためのおもちゃがほしかった、ってクジャは言った。ばかやろう。むちゃくちゃなことしやがって。ジタンは、そんな涙や哀しみが似合うようなやつじゃないのに。
何も見えなくなり、動かすための手足もなくし、最後に、音も遠くなっていった。おれはこのまま死ぬんだ、とようやく悟った。想像していた末路のどれかと、そこまで違っているってわけじゃない。
17歳のころ、いつか野垂れ死にする自分のことをいつもぼんやりと想像していた。家族もいない。帰る場所も。おれが死んだら、だれも泣いたりしないだろう。おれは誰かが、おれの死を悟ることができるような死に方をしないだろうって。それは存外に安らかな空想だった。誰も、泣かせたくない。誰かをなくして悲しむことは、とても、とても辛いことだから。
そのはずだった。なのに、いつか、おれは何か温かいものが頬を濡らすのを感じた。これは雨だろうか。春のあたたかい雨。違う。これは、誰かの涙。
「…ッツ。……バッツ!」
この声は。まさか、スコール?
「なんで…… んたが、こんな……」
泣いてるのか、お前。
おれのせいで?
ぼろくずみたいになった体が、ふわりと、浮き上がった。抱き上げられたのだ、とおれは知った。スコールの腕は強くて暖かだった。でも、頬をうつ涙は春の雨みたいに哀しくやわらかい。スコールが泣いていた。その涙が、おれの頬から血を洗った。
「…して、」
ああ、スコール。
「…どう、してっ……」
泣かないでくれ。そんな、たいしたことじゃないんだから。
おれは、お前を泣かせるために、お前のことを好きになったりしたわけじゃ、ないんだ。
どうしたらいいのか分からない。
誰より大事な、愛しい子が、泣いている。
でも慰めるための声がもう無い。抱いてやるための腕も無い。
「バッツ、バッツ……っ」
なのにまだ聞こえる。おまえの声。ああ、泣かないで。
おまえが泣いているのに手を差し伸べてやれないのが痛くて辛い。おれが壊れていくことよりもずっと。
泣かないで、おれの、スコール。
神様。チャンスをください。お願いだ、もう一度。
今度は間違えない。お前を、泣かせたりしない。ずっと笑顔でいられるようにしてやるから。それがおれの願いだから。
だから神様、もう一度。
もう一度。
「なく、な、スコール」
おれは、最後の力を振り絞り、声を喉からしぼりだす。笑おうとする。触れようとする。おれにはもう、そんな力は、なかったけれど。
「だい、じょぶ、また」
おれの声が耳に届いたのか、嗚咽するようなスコールの声が止まる。少しでもいいから笑いたい。おれはそう願う。祈る。
「また、…な?」
大丈夫、また逢えるから。何度でも逢いに行くから。
お前の《ひとりぼっち》に、寄り添うためなら。
それが、おれでも、いいなら。
愛しているよ。可愛い、可哀想な、寂しがりやのスコール。
「お、れの、」
おれの、スコール。
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《ecco》の補足。とりとめもなく書いてたらこんなに長くなっちゃいました。
《ひとりぼっちの強さ/弱さ》については、また、別の機会に。
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