エピローグ




 ―――ぼくは、とてもとても、長い夢をみていたようでした。



 ぼくはトオル。藤崎トオル。11歳。いいえ、今は12歳です。ぼくは、眠っているあいだに、いつのまにか12歳の誕生日をすぎてしまっていたのでした。
 お医者さんに聞くと、ぼくは、一年間ものあいだ、ずっと眠っていたそうです。原因はわかりません。ぼくの脳には異常はなく、なぜぼくが眠ったままでいるのかは、シンリ的な理由で、お医者さんたちにもとけない謎だったのだそうです。けれど、みんなにはぼくに起きてもらわなければならないわけがありました。だからぼくは特別な治療をうけて、こうして、一年後、眼をさますことができました。
 その治療がなんという名前の治療だったかは、何かむつかしい名前だったので、よくおぼえていません。でも、おぼえているのは、その治療につかわれた特別なレンズが、マインド・ミラーという名前のレンズだったということです。
 マインド・ミラーは、見た人に真実の記憶だけを見せてくれるのだそうです。いろいろな方法につかわれる道具で、たとえば、犯罪を目撃した人に、目撃した現場のこまかい部分を思い出してもらうためにつかったり、ほかにも、いろいろな使い方がされるということでした。でも、まだとてもめずらしい道具で、あまりめったにみることができるものではないということです。
 なのに、眠りつづけていた僕をおこすために、マインド・ミラーがつかわれたのは、ぼくが犯罪者だったからです。
 ぼくははっきりとおぼえています。ぼくがどうして、どうやって、『ふたば園』を燃やして、先生をころしたのか。
 『ふたば園』には、先生がきたときにしかあけられない特別なお酒がありました。ぼくはその中におねえちゃんのつかっていた睡眠薬を入れておいて、先生がねむくなり、『ふたば園』に泊まるようにしました。そして、先生が眠ってしまったあと、深夜、先生の部屋のドアに鍵をかけ、接着剤でひらかないようにしておいてから、ガソリンをまいて、園に火をつけました。
 ボイラーの何かのふたをつまらせておいたり、ふだんだれもあけない部屋にガソリンをまいておいたり、ほかにもいろいろくふうをしました。おかげで園は丸焼けになり、なくなってしまったそうです。でも、先生のほかにはケガをした人はいても、死んだ人はいなかったそうです。そのことをきいてぼくはとても安心しました。
 ケガをした人のなかで、いちばんひどいけがをしていたのは、そういえば、ぼくだったのだそうです。
 ぼくの片足は燃えてなくなってしまい、片目もなくなってしまいました。ぼくの体にはひどいヤケドのあとがのこっていて、たぶん、一生きえないでしょう。でも、たぶんこれは、ぼくが先生をころしたばつなのだとおもいます。どんなにわるい人であっても、人をころすのはいけないことです。だから、ぼくがケガをしたのは、たぶん、しかたのないことだったんだとおもいます。
 ぼくが先生をころそうとおもったのは、先生がおねえちゃんをいじめていたからです。
 先生は、ぼくにパラコートという毒をのませるとおどして、おねえちゃんにたくさんのひどいことをしました。ふつうの人だったら、つらくてしんでしまいたくなるぐらい、ひどいことをいっぱいをしました。でも、おねえちゃんがだれにもそれをいわずにがまんしていたのは、ぼくのせいだったのです。だからぼくは先生をころすことにしました。
 後悔はしていません。

 おねえちゃんは、ぼくが眠っているあいだ、しょっちゅう会いにきてくれていたのだそうです。
「眼を覚まして、って何回も言ったんだよ」
 おねえちゃんはいいました。それをきいてぼくはうれしいのかかなしいのか分からなくなりました。今でも、どっちなのか、よくわかりません。
 先生が死んだあと、先生の部屋からは、おねえちゃんをいじめているときの写真がいっぱい見つかりました。ほかにも女の子をいじめている写真がたくさん見つかったそうです。それで先生は悪い人だったのだとみんなにわかり、おねえちゃんは、そのことをおわびするためのお金をいっぱいもらったそうです。でも、お金をもらっても、いたかったり、つらかったり、かなしかったことは忘れられません。
 おねえちゃんは、今は、病院にいます。
 おねえちゃんは、あんまりたくさんいじめられたので、心の病気になってしまったのです。それは今でも治っていません。だから、おねえちゃんは、ときどきしか病院からでてこられません。だから、もうぼくといっしょにくらすことはできません。
 それをいうなら、ぼくもたぶん、病院をでたら、おまわりさんのところにいかないといけません。
 ぼくはこどもだから、刑務所にはいることはないそうです。でも、悪いことをした子は、悪いことをした子のいくところにいかないといけないのだそうです。そこはとてもこわいところなのか、それともそうでもないのか、ぼくにはよくわかりません。でも、どんなところでも、おねえちゃんがいじめられているとき、ぼくが閉じこめられていたロッカーよりはこわいところではないと思います。
 けれど、おねえちゃんといっしょにくらせないということだけは、とても、とてもかなしいことです。
 ある日、おみまいに来てくれたとき、おねえちゃんはいいました。
「おねえちゃんが退院できて、トオルが施設から出てきたら、いっしょにどこかで幸せに暮らしたいね」
 ぼくは、こうこたえました。
「だったら、ぼくは、南の島に行きたい」
 南の島はとてもいいところです。海と空がきれいで、みんな親切で、哀しいことなんてなんにもないところです。ぼくは一回も南の島にいったことがないけれど、なぜだかそう知ってました。おねえちゃんは、「そうだね」といいました。だからぼくたちは、約束のゆびきりをしました。
 でも、ぼくはちょっぴり思いました。
 もしかしたらおねえちゃんは、ぼくといっしょじゃなくて、ひとりで南の島に行ったほうが、しあわせなのかもしれないって。
 だからぼくは、おねえちゃんに聞きました。
「おねえちゃん、ぼくのこと、好き?」
 そうしたら、おねえちゃんは、にっこりわらっていいました。
「あたりまえだよ。おねえちゃんは、トオルのこと、世界で一番愛してるよ」
 ぼくは、とても安心して、ほろほろ涙を流しました。
 おねえちゃんはそんなぼくを抱っこしてくれました。雪がふっていました。とても寒い日でした。でも、おねえちゃんの腕の中は、世界でいちばんあったかかったです。
 おねえちゃんがいてくれて、ぼくは、しあわせです。

 ぼくは、世界でいちばん、おねえちゃんが大好きです。






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