爆発音は、校庭にも響いた。
「どうしたんだ!?」
「テロリストか……!?」
「おい、消防隊はなにやってんだ!!」
 人々が騒ぎあう中で、ノビは、ただ、一心に周りを見回していた。人を探す。どこへ避難をしたのだろう。怪我はしていない。ならば、すぐそこにいるはずだ。
 爆発音で分かった。ドラ衛門は、『計画通り』に、すべてをやってのけたのだ。
 『エージェント』をひきつけて…… そして、その力をすべて削ぐ。
 『幻肢痛』は本体へとダメージを及ぼさないが、『痛み』はそのまま本体へと返す、とドラ衛門は言った。
 ならば、『幻肢痛』によって作られた目をつぶされ、腕を焼かれれば、その苦痛はエージェント本人へと戻ってくる。それを見ればエージェントが誰であるかはすぐに分かる。そして……
 ……その苦痛によって、『エージェント』を無力化さえできれば、ノビ一人であっても、対応は可能だ!
 息を弾ませ、駆けずり回っていたノビは、ようやくその姿を見つけ出す。ひとりの『少女』を。
 校庭の片隅、木の根元で、まるで全身にひどい傷を負ったかのように、苦痛にのたうつ一人の少女を。
「しず香ちゃん……!!」
「ぐぅ…… ッッ!!」
 その身体には、傷一つ、無い。
 だが、目からはだらだらと涙が流れ、のた打ち回り、苦痛の余り掻き毟る喉からは、血が流れている。目が真っ赤に充血していた。何が起こったのかは分からない。だが、何か重篤な『痛み』のようなものを感じているのだ、ということは分かった。
 『しず香』は、ノビの存在にすら気付いていない。
 ノビは、思わず、立ち尽くした。
 大丈夫か、と思わず駆け寄りたくなった。人の苦しみを見過ごすことになど慣れない。けれど、ノビの手の中に在るのは、針の付いた『除霊ペンシル』だ。あれを彼女の身体につきたてて、さらに苦痛を加えなければいけない。
 そんなことを、ほんとうに、するべきなのだろうか?
「ぐ…… 貴様…… 『N−original』……!!」
 少女が、低く呻いた。その瞬間、ノビはハッとする。
 少女がはいずるようにして起き上がろうとする。その手には大きなカッターナイフが握られていた。目は見えていないのだろう。動きはふらふらと頼りない。けれど、ノビは凍りついたように動けない。
 これほどまでに憎まれる理由が、自分に、あるだと?
 いったい、それは、どんな理由なのだろう?
「しず香ちゃ……」
 だが、言いかけた瞬間だった。
 キィン、という鋭い音が響いた。
「チャンスの女神には、前髪しかない」
 澄んだ、静かな声が響く。ノビははっとした。振り返る。そこに、少年が立っている。色が白く、線の細い少年が。彼の手には小石が握られている。今しも構えている。少女がさらに抵抗を見せるのなら、ふたたび、それを叩き落すことができるように。
「後悔には価値など無い。なぜなら…… 『取り返しの付く歴史』など、存在しないのだから」
 出来杉の、わずかに青味すらかかってみえる目は、まっすぐにノビを見ていた。ガラス玉のような目だった。ノビはしばし呆然とした。だが、ぐっ、と唇をかむ。決心を決める。
「ごめん、しず香ちゃん!!」
 地面を蹴る。『除霊ペン』を握り締める。少女の二つに分けて結ばれた髪。無防備なうなじ。
 そこへ――― 
 
 握り締めた針を、たたきつけた。

 ブシュッ、という小さな感触と共に、少女の身体へと、薬液が注入された。
 くたり、とその体がノビの手の中に倒れる。思わず確かめたが、身体には傷一つ無かった。酷い火傷も、眼球の損傷も、存在しない。それは、あくまで『架空の痛み』だったのだから。
 誰も怪我をしていない。誰も死んでいない。誰も……
 ノビは、安堵のあまり、意識が遠のくように感じる。そして、ふらりとよろめいたノビの肩をそっと支えてくれた手があった。背後を見る。色素の薄い、真っ白な手。
「出来杉くん……」
「終わりよければ、全て良し」
 硝子玉のように感情の無い目をした出来杉の声は、それでも、確かに優しい響きをもっていたようだった。
 だから、ノビは、「うん」とうなずいた。
 背後に人々の喧騒を聞きながら、何度も、うなずき続けた……
 


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