9.

 ザザ、ザザザ、と足元に密集した熊笹が鳴る。
 靴ひとつ、靴下ひとつ履かない足であっても、十分に『気』が満ちているのなら、不用意に傷つくこともない。ただ猛は一心に山を駆け上る。たとえ『縮地』を用いなくとも、その速さは常人のソレをあきらかに凌駕している。さながら野山を駆ける鹿のそれにもたとえられよう。そんな己を思うことすら無く、猛は駆ける。
 劉溟牙との、決着をつけるのにふさわしいフィールドを探して。
 あの男は――― 己の力を示すためなら、あたりの被害など、歯牙にもかけぬ男だ。
 そこに人がいようとも、そこに家があろうとも、己の拳の邪魔になるものなら、情け容赦なく粉砕する。もしもそれが彼にとって有利となるものだったらさらに悪い。溟牙は、それらを利用しつくし、塵芥と成り果てるまで使い潰して、後悔一つしないだろう。その外道、断じて許されるわけにはいかぬ。
 やがて猛は、近くの山の天辺に立てられた、鉄塔へとたどり着いた。
 たん、たん、たん、と短い足音を残して、鉄塔を駆け上る。鉄骨から鉄骨へ。飛び移るしぐさの身軽さは、ほとんど栗鼠にも似て。そして鉄塔から張り出した鉄骨の一つに足を止めた猛は、下を見下ろす――― そして、驚愕した。
「……蓮室、安藤!?」
 その鉄塔へと続く坂道を…… 猛からしたら信じられぬほどの遅さで、二つの人影が、登ってくる。

「あ、見えましたよ! 鳴神くんです! 鉄塔の上にいる!」
『おおっ、読みがあたったか。さすがマコ姫!』
「……あの、やめてください、その呼び方」
 あの後、二人の姿を見失って呆然としていた信と耕太郎が我に帰ったのは、早川が、「どうする?」と二人に声をかけたときだった。
「あのコ、病欠ってことにしとくぅ? だったらいちおう保護者さんの連絡が必要だけど」
 ひらひらと手を振る早川に、二人は顔を見合わせる。そして信はハッとした。
「そ、そうです、教えてください、鳴神くん家の電話番号!」
 鳴神重次郎、猛の祖父。立場としては、猛の師匠筋にもあたるのだという。
 彼ならば事態を打開できる方法を知っているのではないか――― 二人は、一縷の望みをそこにかけたのだ。
 携帯電話はすぐにつながり、重次郎はふたりの状況説明に驚きすら見せなかった。『やっぱりのう』と嘆息してみせすらしたのだ。
『どうにも溟牙殿にはこらえ性が無い。とはいえ、猛も猛でおとなしくムーディーなデートとかで口説かれてからどうこう、っちゅータイプでもないからのう』
「そういう問題じゃないでしょうがッ!! あなたのお孫さんの貞操の問題なんですよ!?」
『まー、ワシはそんなに大事にはならんとおもっとるけど…… いちおう、気になるなら見届けに行ってみるがよかろ』
 軽い軽すぎる。
 仮にも自分の孫の貞操(と、それ以上)のかかった問題とは思えないほどの反応だった。
 しかし、それでも二人は、『周りに人がおらず』『足がかりが豊富で』『風当たりがいい場所』という条件で、二人の目的地を探したのだ。そしてたどり着いたのが裏山の鉄塔だった。……事実、猛はそこにいた。
「あのォーおジイさん、ちょっとオレも聞きたいんっすけど」
 ふと、よこから耕太郎が電話を横取りする。「あっ」と信が声を上げるのもお構いなしだ。
『ほほっ? しらん声じゃの。どちら様じゃ?』
「あ、オレ、安藤・M・耕太郎って言います。鳴神のクラスメイトでー、えーと、まあそれは今はどーでもいいんですけど」
 半分走りながら山を登っていくと、息が切れる。信よりは耕太郎のほうがまだマシなのは、これでも耕太郎が運動系の部活の部員だからなのだった。
「さっき鳴神から『気功』ってもんについて聞いたんですけど、それって、あんま説明になってないっすよね? それってば体の出力を上げたり、操作ミスを減らしたりってことであって、それだけじゃあ猛が傘で鉄柱をぶったぎったりってことができる説明には並んでしょう」
『ほーほー。安藤くんはなかなか鋭いのー。そこよそこなのよ。本家とウチがモメてる理由って』
「ほへ?」
『簡単に言うとのー、ウチは『モノに気功を流す』っていう技を持っとるのよ』
 重次郎は、とても簡単な言い方をした。
『電気っつーのがあるじゃろ。あれは金属の棒とかに流せて、そんで、触るとビリッとなるじゃろ? あれと同じで、猛は『気』を自分の外にあるものに流して、硬くしたり、鋭くしたり、いろーんなことができるんじゃ。とはいえ、どういうものなら集中しやすい、しにくいの関係とかがあるらしくって、だいだいウチだと『棒状の長いもの』がいちばん使いやすいらしいの。ほんで、うちは剣術の家系っつーことに表向きはなっとるんよ』
「ふはー……」
 耕太郎は関心の息を漏らすが、けれど、信は納得がいかない。というよりも、うまく全部が聞こえていないから、全体像が把握できないのだ。
 盗み聞いていた信が振り返る。その瞬間だった。
 ―――長い電線が、ふいに、おおきくたわんだ。
「!?」
 思わず眼を上げた信は、信じられないものを見た。
 電線の上を、ひとりの男が歩いてくる。
 黄金の蓬髪が風になびき、黒い服の裾がゆれた。彼はどこから現れたのか、一本の細いロープのような電線の上を、平然とした足取りで歩いてくる。感電しないのか、と思わず思ったすぐ後に、信は気付いた。電線は二本以上を同時に踏むと感電する。だが、たった一本を踏んでいるだけならば、放電を起こさないため、感電することも無いのだ。
 上空には強い風が吹く。
 溟牙の蓬髪が風に靡き、さながら、黄金の外套のような豪奢さである。蝋のように肌が白く、瞳は裏腹に爛々と輝く紅蓮の色。美貌ではあるが、不吉であった。どことはなしに、溟牙からは、ただ人として生きることを許されてはいないような印象すら受ける。
 足場すらあやうい鉄塔の上、しかし、しっかりと足を踏みしめて立った猛は、傘をそちらのほうへと向ける。黒曜の瞳には闘志が滾っていた。いくら身体が小さく変わろうと、その目の強さだけは変わりはしない。
「よく逃げなかったな?」
 溟牙は、嘲るように顎をそびやかした。
「武人が敵に背中を見せられるものか」
 返す猛の声音は、凛、と通っている。
「武人か…… くく。今の世では女の武闘家も珍しくは無い。とはいえ、その身体では『闘気』は負担にはならぬのか、猛よ?」
 猛の表情がかすかに揺らいだ。だが、何も言い返さない。両手で傘の柄を、ぐっ、と握り締める。
 溟牙はゆっくりと手をもたげた。爪が長い。通常ならば、それほどに爪を伸ばせば、拳を握れば己を傷つけ、敵を殴れば爪がはがれてしまうことだろう。けれども、研ぎ澄まされた溟牙の爪は、まるで、短いナイフを指先に埋め込んだようであるとでもいうような印象をもたらした。
 溟牙は、己の『気』を、爪にまで充満させている。
 『気』を持って強化された爪は、さながら鋼。折れることも無ければ、割れることも無い。
 そして――― 同時に、他の用途にも用いられる。
 みせびらかすようにゆっくりと指をたたみ、そして、開いていく。猛は目線を動かさず、ただ、闘気滾る目で、溟牙の紅蓮の眼を、見つめている。
「あらかじめ予告をしておこう。俺は――― 貴様のために、『四爪』は用いぬ」
 猛の片頬が、ぴくりと、引きつった。
「なぜなら、そのか弱い肉体ならば、修復不能までに引き裂いてしまう可能性があるからな。そうなっては子を孕ますこともできん。俺が用いるのは、これだけだ」
 すっ、ともたげた手には、ナイフのような爪。
「『毒龍掌』……」
 猛はたしかに見たはずだった。溟牙が、その片手を持って、『何』をなしたのか。
 その掌に顔を掴まれた男は、さながら生命の源を吸い取られたごとく、みるまにやつれはて、倒れた。
 それぞ『毒龍掌』。
 常ならば自然界からの気を、その全身を持って受け止め、身体に循環させることこそが『気功』。だが、溟牙はその手を持って、人間から強引に『気』を引きずり出し、己の体内へと奪い去る。さながら人の血を啜ると謡われた西洋の魔物のように。
「ちいさな体よ」
 溟牙は、むしろ、いとおしむように囁いた。
「生命の雫を一滴残らず吸い取った後…… 思う存分、その身体を玩弄してくれようぞ」
「笑止ッ!!」
 叫ぶと同時に、猛が、地を蹴った。
 『縮地』ではない。
 だが、複雑に組み合わされた鉄骨を足がかりに、信じられないようなスピードで、鉄塔を駆け上がっていく。
 腰溜めに構えられた傘が、凄まじいスピードで、鉄塔の頂上に立つ溟牙へと肉薄する。最後の一歩を力強く踏んだ。……踏んだと見た瞬間、猛の姿が掻き消えた。
「!?」
 地上で信は目を疑った。
 だが。
「甘いわッ!」
 信じられないような方向から見舞った猛の一撃を、溟牙は、半身を退けることによって、あっさりと、よけて見せた。
 猛の表情に、一瞬、同様がよぎった。
 ニィ、と釣りあがる真紅の唇。溟牙の腕が一閃する。
「!!」
 臙脂色のスカーフの裾が、斬り飛ばされた。
 はらり、とセーラーの胸元に三本の切れ目が走り、その下の肌理細かい皮膚に、細く赤い筋が走る。だが、猛が動揺していたのは一瞬だった。そのままの姿勢で、空中で、両足で溟牙の胸を、『蹴った』。
「―――ッ!!」
 それは、痛撃を与えるというよりも、むしろ、足がかりを得るための一撃。
 溟牙の胸を踏みつけた勢いのまま、吹き飛んで、近くの電線を左手で掴む。まるで運動選手のようにしなやかに大きく回転をすると、その体が鳥のように宙を舞う。溟牙もまた地を蹴った。二人は飛んだ。
 なんの足がかりの無い空中で、二人が、対峙する。
 空中で、眼にも留まらぬ技の応酬が繰り広げられる。
 突きが、薙ぎが、蹴りが、まるで舞踏のごとくに繰り広げられる。そして溟牙は確かに約定を『守って』いた。猛の体にくわえられる一撃一撃は、『ダメージ』ではなく、『気』を奪い去っていく。素人目にも分かるほどに。
 猛はあきらかにあせっていた。己の斬撃が、刺突が、思うがままの威力を上げられない。それはあきらかに小さくなってしまった体のせいだろう。
 あせりは隙を生む。
 猛は――― 足首をつかまれた。
「―――!?」
「甘いッ!!」
 自らをかばう隙すらない。
 猛の身体を、まるで人形でも振り回すように振り回した溟牙は―――
 その身体を、勢いのままに、地面に向かって叩きつけた。

 ドゴォ! 
 
 鈍くも轟音が、響いた。
 猛の手を離れた傘が、回りながら吹っ飛んでいき、地面に突き刺さった。
 信は見た。
 なにかの爆発でも合ったかのように、地面が、えぐれている。
 その中心で、猛は、両手両足を広げたまま、まるで、踏みにじられた蝶のように、地面に叩きつけられて、動けない。
「……ッ! ……ッッ!!」
 びく、びく、と少女の体が痙攣した。
 あまりの苦痛によるものだろう。背中を強く打ったショックで呼吸すらままならぬのだ。そんな少女から数m離れて、溟牙が優雅に地に降り立つ。満足さと――― わずかな不満さを交えて、地面に叩きつけられ、悶絶している猛を見る。
 信は、もう、我慢ができなかった。
 地面を蹴った。全力で駆け出した。
「鳴神く――……!!」

「く……るなッ、蓮室ッ!!」
 
 信は。
 打たれたように、足を止めた。
 地面がまるでおおきな爆発でも起こったかのようにえぐれている。その中心にかぼそい体の少女は――― 猛はいる。
 起き上がろうともがくが虚しい。げほ、とおおきく咳をすると、唇から血が飛沫した。
 それでも、彼女は、信を制した。
 信が決して溟牙に向かうことが無いようにと、制したのだ。
 呆然とたちつくす信に、ふいに、低い笑い声が聞こえてくる。
 溟牙だった。
「くく…… 甘い。甘すぎるな、鳴神猛。女の身に成り下がったとはいえ、貴様はたかがこの程度か」
 溟牙の服の前が、裂けている――― と信は気付く。
 絹繻子の上衣が裂け、前身頃が開いていた。溟牙の逞しく盛り上がった胸板が半ばあらわになっている。だが、大理石を彫りぬいたようなその肌には、『瑕』ひとつ無い。
 溟牙はその胸肌に手を這わせ、己から、着衣を裂いた。
 絹が甲高い悲鳴を上げ、溟牙の上半身があらわになる。
 信は息を飲んだ。
 ギリシャ時代の彫像さながらの、筋骨逞しい体――― その背に、惨たらしい傷跡が、刻まれている。
 だが溟牙はむしろ誇るようにその傷跡を見せ付けた。紅い唇が哂っていた。
「どうだ、猛よ。見るがいい。貴様は俺に当てることはできても、痛打ひとつ与えることはできなかった。せいぜいが俺の服を裂く程度だ」
 地面に崩れ落ちたまま、猛は、唇を噛み、眼を逸らした。
「所詮、貴様は東夷に過ぎん。我が本家の技になど適いようがないというわけさ。……さあ、このまま素直に女の身に成り下がり、俺の子を孕むがいい。それだけが貴様の存在理由だ!」
 信は見た。
 猛の、少女の、黒目がちな大きな目に、涙が滲んでいた。
 見た瞬間、すでに、半ば無意識に、体が動いていた。
「やめてくださいッ!」
 溟牙がわずかに驚いたような顔をする。
 猛が眼を見開く。
 信が、小柄で細身の信が、両手を広げて、倒れた猛と溟牙の間に、立ちふさがっていた。
 眼には涙が滲んでいる。足がガタガタと震えて、立っていることがやっとだ。
 だが。
 信は、動こうとはしなかった。
 溟牙は、不快そうに吐き捨てた。
「どけ、蛆虫」
「……きません」
「どけと言っている」
「どきません……!」
 信は、震える声を、必死で絞り出す。
 そして、きっと顔を上げると、必死の思いで、紅蓮の瞳をにらみつけた。
「これ以上ッ、鳴神くんに、ひどいことをしないでくださいッ!!」
 溟牙は顔をゆがめた。あきらかに、『不快』そうに。
「人が己の女をどのように扱おうが、勝手だ。貴様ごときに口出しされる筋合いは無い」
「鳴神くんは、あなたの『もの』なんかじゃない!」
 両手の拳を握り締め、信は、声を振り絞った。

「鳴神くんは鳴神くんだ……! 家同士がどうしたなんて、関係ない!!」

 次の瞬間。
 信は、たしかに溟牙が腕を振り上げるのを見た。
 溟牙の眼はかぎりなく冷たかった。紅蓮でありながら冷然そのもの…… さながら、凍りつく紅玉のそれにも似ている、と思った。
 自分のひ弱な身体では、溟牙の一撃には耐えれまい。
 痛みと衝撃、そして、死の暗闇を予測して、信は、眼を閉じることもできない。
 ―――だが。
 次の瞬間、まるで、一陣の風のように、そこに、一人の少女が現れた。

「―――ッ!?」
 
 『縮地』であった。
 溟牙の腕は、信の身体を弾き飛ばすはずが、立ちはだかった猛のわき腹に、食い込んだ。
 とがった爪がわき腹の肉を掴む。血が飛び散る。猛は唇の唇は、両端が釣りあがっていた。
「貴様、まだ動けたのか……ッ!?」
 黒曜の瞳が、あきらかな意志の光を宿して、溟牙を見た。
 その眼は、かすかに、笑ってすらいるようだった。
 なぜ笑うのか。
 己が前に地へと伏せたはずの猛が、なぜ笑うのか。
 溟牙は、怒りのあまり、目の前が赤くなるのを感じた。

 よかろう。
 では、この女の生気を、一滴残らず搾り取ってやる!

 ずくん、という音が、信にすら聞こえた気がした。
「な、るかみ、く……?」
 信は、何が起こったのかを、まだ明確には理解していなかった。だが眼前の光景を眼にはしていた。溟牙の腕が猛のわき腹を掴み、ナイフのような爪が食い込んで血を流し、セーラー服を真っ赤に染めている。
 そして、溟牙の腕に、ワイアーのような太い血管が浮かび上がる。
 ずくん、と音がする。
「……か、はっ」
 猛が、か弱く、息を吐き出した。
 見る間に手足が蒼白になる。爪の色が青い。青く変色した唇が、震え始める。
 ほんの先ほどまで、ほのかな紅のさしていた頬が、まるで白蝋のような、白になる。
 ―――生気を、奪われている。
「鳴神くん!」
 信は思わず絶叫した。
 溟牙の哄笑が、響き渡った。
「美味い! 美味いぞ…… 鳴神猛ッ!」
 右腕から吸い上げられる生気。
 それは、さながら太陽の光をそのままにグラスに注ぎ、飲み干すような滋味を伴っていた。
 旨い。
 旨い。
 もっと――― もっと!!
「あぁ…… あぁあぁ、っつ!!」
 あまりの快感に声が漏れる。手のひらに握り締めた花が枯れていく。その悦楽。その至福。
 だから――― 溟牙は、気付いていなかった。
 
 己の身体に、何が起こっているのか。

 ようやく駆けつけた耕太郎は、やや離れた距離から、呆然とその景色を見る。耳に当てていた携帯電話を思わず取り落としそうになった。
『だからの、つまり、一刀流の奥義っちゅーのは、体内にあるはずの『気』ってもんを、手にしたほかの物品にむりやり流し込むことができるってことなのよ。猛のヤツは苦手じゃが、人によっては『気』を送り込んで傷の治癒を早めたりすることもできちゃったりするみたいな…… おーい、耕太郎くん、聞いてるのかのー?』
「あ、ああ…… っつーか、ジイさん」
 ごくり、と耕太郎は息を飲んだ。
「なんか今、ものすごいことが起こってるぜ」

「あン! あ…… あふッ!」
 あまりの圧倒的な快美感。
 それは、溟牙から、『それがいったいどのような結果をもたらすのか』という意識すら、奪い取る。
 彼は…… 彼だったものは、すでにもう、気付かない。
 自分の体が、見る間に、姿を変えていくということに。
 逞しい筋骨に覆われていた肩が、狭く、細くなっていく。
 金の蓬髪は長さだけはそのままに、体が小さくなるにつれて、さらに豊かに、体そのものを覆わんばかりのものと化す。
 大理石を削り出したようだった胸板が、見る間に膨らんで、豊満な乳房を形成する。
 みるまに腰がくびれ、さながら、蜂のような細さを作り上げる。
 そして――― 鞭のような筋肉に覆われていた腕は、しなやかに細くなり、踊り子さながらの優美さを備えたものと化す。
 蝋のような肌の白さはそのままに。
 人ならざる紅蓮の瞳もそのままに。
 いまや、そこに存在するのは――― 豊かな黄金の髪と白蝋の肌、そして、紅蓮の双眸を持つ、人外さながらの美女であった。
「んぁぁ…… あァ、ンンンッ!!」
 びくん、と激しい痙攣と共に、絶頂感にも似た悦美感が身体を駆け抜け、同時に、巨大な乳房が、ぶるん、と大きく揺れた。
 同時に溟牙は――― 劉溟牙だった女は、ぐらり、とよろめき、倒れる。
 己の髪を豪奢な敷布に、大地に横たわる、半裸の美女。
 彼女は――― 意識を、失っていた。
 そして、彼女が倒れると同時に、猛もまた、がくりと地面に膝を突いた。
 荒い呼吸。
「ハァ、ハァ、……ッ」
 わき腹を押さえる。血が滲んでいる。溟牙に掴み取られた傷だろう。
 膚は土気色だったが、顔にはわずかな不審の色だけがある。まずは己が意識を保つのが最優先であることはもちろんだが――― なぜ溟牙がこのような様となったのか、どうしてもそれが理解できない、という顔だった。
「な、鳴神くん」
 信は、あわてて猛に駆け寄る。細い肩を掴んだ。
「大丈夫……?」
「ああ、大事無い。……だが、しかし」
 猛は、凛々しい眉を寄せた。
「これは、どういうことだ?」
 目の前には、意識を失って倒れている、雪華石膏の膚に、黄金の髪の美女がひとり―――
「み…… 溟牙さんだよね」
「そのはずだ」
「……女の人だよね?」
「そのようだな……」
 二人は呆然と顔を見合わせる。そこに、「おーい!」と耕太郎が手を振った。
「とりあえず、鳴神ン家のジイさんが、迎えにきてくれるって! 学校はいいからとにかくいったん戻れってさ!」
「祖父上が……?」
 ぽかん、とする猛を見て、耕太郎はガリガリと頭を掻く。
「いやまあなんかもう…… 想定の範囲内みたいデスよ、すべて?」
 そして、それから、地面に倒れ付した美女を見る。その露な乳房に思わず眼がぐぐっと近づいていくのを見て、信はやっと我に帰り、「見ちゃダメ!」と耕太郎の頭をぽかりと小突いた。



back next
top