3.万丈目準のクリスマス


 万丈目にとって、昔から、クリスマスはどちらかというと気が重いイベントであるほうが多かった。
 年の離れた兄たちに付き合わされて、堅苦しい服装でパーティの会場に連れて行かれたりなんだり。顔も知らない大人たちに挨拶をするのは気疲れがしたし、おべんちゃらを言われるのも、逆に尊大な態度でへりくだることを求められるのも、どちらも骨身にしみて疲れることだった。そもそも、そんな状態じゃまともに料理も食べられやしない。ホテルの会場で準備されたおいしそうなケーキも、大きな鶏の丸焼きも、目にもかわいらしいデザインのオードブルの数々も、万丈目の口に入るほうが少なかった。そうして疲れ果て、大きな車の後部座席で眠ってしまい、そのままクリスマスの夜を過ごすことになる。それが万丈目にとってのクリスマスだった。
 アカデミアにきても社交的なあれやこれやで過ごすことがほとんどで、だから、万丈目にとってクリスマスというのはホストの立場で人をもてなすものであり、それ以外ではない。今まで生きてきた十数年の人生の中でそうじゃなかったことなんて一度も無い。そのはずだったのだが。
「すっげぇええ! でっけえケーキだああ!!」
「よーし、ケーキ入刀するドーン!」
「こらあ、お前らっ! いくつに分けるつもりか考えてるのかっ!? いいからオレに貸せっ!!」
 一抱えもあるような巨大なケーキは当然ホール丸ごとで、その上にはいろいろなフルーツやら、砂糖細工の飾りが満載されている。シュガーペーストで作った大きなツリーまである。そんなケーキを見たことがなかったのか、翔などは口を開けて「とんでもないっすねぇ」としきりに感心している。ひったくったナイフを片手に、当然だろうと万丈目は鼻を鳴らす。誰のおかげでこのケーキがここにあると思っているのだ。どれもこれも、話を聞いてから一から十まで手配をしてやった万丈目のおかげである。
「万丈目ーっ、おれ、そこのツリー食いたいー」
「いじきたないやつめ… わざわざ言わなくても、きちんと人数分に分かれるようになっている! だまって待ってろ!」
 どやしつけながら、細心の注意を払ってケーキを切り分ける。人数が偶数じゃないと苦労する。しながら、万丈目はなんともなさけない気分を味わう。この年になってもやっぱり万丈目はホストで、もてなすほうで、クリスマスは苦労の連続なのだ。情けないったらない。
 あらかじめ、本土から取り寄せてきておいて、頼んで焼いてもらった鶏の丸焼き。記憶をたよりにカナッペの類や食べやすく切り分けた四角いピザや、カップで飲めるポタージュ、焼きたてのぱりぱりしたパンやそれに塗るためのレバーペーストやらなにやら。テーブルの上に満載されたごちそうはクリスマスムード満点で、それもこれも、万丈目がどこまでもがんばったおかげである。が、がんばったわりにあまり報われていない…… と思う。さっきから飲んで騒いではしゃいでいるのは自分以外の誰かさんたちばっかりで、自分は飲み物を手配したり食べ物を分けたり、ちっともやすまる暇が無い。
 ―――クリスマスというのは、つまり、厄日なのだ。
 そんな風にいまいましく思いながら、ケーキを分ける。そして、「ほら!」と皿を押し付けてやると、受け取った十代が予想外の顔をしていた。
 ……じっと万丈目を見つめる顔。なにか変に真剣な眼。
「なんだ」と万丈目は苦虫を噛み潰したように答える。
「それだけがお前の分だといってるだろうが。欲張るんじゃない!」
「いや、ぜんぜんそうじゃないって! なんかその、―――お前がいて、よかったなぁって」
「……なんだって?」
 十代は、へへ、と笑って鼻の下をこすった。
「こーんなにごちそうがあってさ、楽しくってさ、ケーキもプレゼントもあってさ、こんな楽しいクリスマスなんて、おれ、はじめてかもしんねぇ」
 ぜんぶ万丈目のおかげだよな! と十代は満面の笑みで言う。
「お前のおかげでさ、こんなに楽しいクリスマスができるんだよな。万丈目ってすっげえなあ。なんか、サンタさんみてーだなっ」
 ―――不意をつかれた気分になった。
 そんなこと、考えたことも無かったのだ。
 だが、黙り込む万丈目に気づきもしないのか、「でもさ」と十代は小首をかしげる。
「さっきから人に食わせてばっかりだと、お前がごちそう食えねえじゃん。ケーキ分けたらちょっと休んで一緒に食おうぜ。お前の分、さっきからちゃんと分けてあるんだからさ」
「……そうだったのか?」
 うん、と十代は当たり前のように頷く。
「万丈目が食えなかったらパーティになんないじゃん。ほら、フルーツポンチ、もうじき吹雪さんが出してきてくれるし。……あの、万丈目?」
 十代が何かを言っている。が、頭に入ってこなかった。―――かわりにじわりと胸の中から湧いたのは、不思議な、いっそ、不可解な言葉だった。
 なるほど、万丈目にとってのクリスマスが忙しいばっかりだったのは、道理だったのだ。
 サンタクロースがこないのも当たり前…… なぜなら、サンタクロースというのは、万丈目自身のことだったのだから。
「おーいまんじょうめーっ?」
「……あ、」
「どうしたんだよ?」
 十代が首をかしげている。万丈目はようやく我にかえる。
 ……どうじに、じわじわと胸の奥に湧いてきたのは、誇らしさと、嬉しさだった。
「―――なるほどな、きちんと感謝を欠かさなかったってことか。お前にしては上出来だな、十代」
「う、ううん?」
「ま、楽しいのも当然だな。この万丈目サンタクロースのプロデュースしたクリスマスなんだからな!」
 ははははは! とクリームだらけのナイフを片手に高笑い。なんだかよくわからない、という風の十代が首をひねっていると、通りかかった明日香が、「たしかにねえ」とくすくす笑う。
「でもサンタさん、ちょっとは休んでもいいんじゃないの? 兄さんがもうじき、デザート持ってくるから」
「ふむ、天上院くんのお誘いだったら、しかたないか」
 調子よすぎるっす、と翔がじめっとつぶやくが、聞かないふりをする。気持ちは明るい。見回すと、たくさんのごちそうと、ケーキと、それから、楽しげにふざけあっている仲間たちがいる。
 ―――あれのすべてが、オレがもってきてやったプレゼントなんだ。
 嬉しい。それに、誇らしい。
 ……クリスマスってのは、プレゼントを貰うだけのものじゃない。あげるためのものでもあったんだ。
「おい、オレへの感謝を忘れるんじゃないぞ、お前ら?」
「はいはい」
 明日香がくすくすと笑っている。あきれる風があるにしろ、そこに感謝があるのはまちがいなく本当だ。
 ……万丈目にとってのプレゼントは、彼の努力でよろこんでくれる、たくさんの人たちの笑顔だ。
 ひねくれものだから口に出すことなんて出来るわけがない。けれど万丈目は、はじめて、そうやって自分がいままで気づいてこなかったプレゼントの存在に、気づけたのだと、静かに思った。



 
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