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 日本で言うとお盆のころ、アカデミアの寮は、すべてがからっぽになる。
 いつものようにレッド寮の食堂を覗いても空っぽだった。気付けば校内がひどく静かだ。いつもなら三色の制服姿の生徒たちがあちらこちらとうろうろしているはずの校内も、なんだかがらんとしてしまって、どうにも落ち着かない気分。そうこう思っていると誰だかから電子手帳にメールが入る。

《みんな図書館にいるよ》

 ……はて、なんで図書館なんだろう?
「あー、それなー、アカデミア内の空調があらかた切られちまうからなんだよ。ブルー寮は通電してるかもしれないけど、レッド寮なんてもう全滅。だから扇風機も動かないしトイレも流れねぇの。そんなとこで暮らせないだろー?」
 だからおれいつも図書館の控え室借りてんの、とけらけらと笑う十代は、どうやら、休みを読書に過ごそうという高尚な(ありえない)趣味に目覚めたわけでもないらしく、ヨハンはほっとする。畳敷きになったスペースにあぐらをかいて、「なぁんだ」と嘆息した。
「しっかし、電気代節約だからって、そもそも元電源から切るって…… 無茶苦茶……」
「ついでにシロアリ退治とかするらしいから」
 十代はまったく気にしていない様子で、担いできた毛布、歯ブラシ、着替えなんかを畳のスペースに広げている。そして、にやりと笑ってばっと差し出してみるのは、いつものデュエルモンスターズではなかった。大きな本のようなもの。ヨハンは眼を瞬く。
「なんだ、それ?」
「ルールブック!」
 タイトルを見るといろいろある。《女神転生RPG》《ダブルクロス》《ブレイド・オブ・アルカナ》……
「いろいろ確認したらさぁ、結局、寮に残んのっておれと留学生のみんなと、あと、万丈目くらいなんだよ。そしたらみんなで6人だろ? いいじゃん、たまには珍しいゲーム、やってみようぜ」
「珍しいなあ。十代がデュエル以外に興味があるのって」
「そりゃ、デュエルが一番! でも、大人数じゃないと遊べないゲームってあるからさ。せっかくみんなで同じ部屋に泊まるんだし、やろうぜ、TRPG」
 はぁ、などとヨハンが言っていると、図書館の入り口のほうからがやがやと誰かの声が聞こえてくる。そちらを覗きに行くとジムやらオブライエンやらアモンやら。図書館の奥の部屋は普段は開放されないから、それぞれ、なんとも珍しそうにきょろきょろしながら入ってくる。十代は満面の笑みで「アモーン!」と手を振った。
「ほら、ゲットしてきたぜー、ダイスいっぱい!」
「本当にやるといったらやるんですねえ、あなたは」
「そりゃそうだよ。せっかく一週間も授業が無いんだし。楽しまないと損じゃん?」
 やれやれとため息をつきながら眼鏡のブリッジを押し上げるアモンは、しかし、自分のそんなことでない以上は、たいていは十代にも親切だ。彼一流の紳士らしさといったところなのだろう。靴をぬいで畳にあがりこみ、プリントしてきた紙を背の低いテーブルに広げる。なにやら印刷してある升目。項目がいっぱいある。
「で、何やるんだ?」
「今回は、とりあえず、《ダブルクロス》でもやりましょうか」
「DX大好きだぜー!」
「What? TRPGならやったことあるが、こんなルールは始めてみるぜ」
「日本の国産のゲームだからさ。ジムってどういうシステムだったらやったことあるわけ?」
 なにやらわいのわいのと盛り上がっている。やや取り残された気分でヨハンがはなれた場所から見ていると、また、図書館の戸があいた。入ってきたのは黒い服の万丈目だ。両腕いっぱいに紙袋をかかえている。中身はどうやら。
「おい、購買から頼まれたものを買ってきてやったぞ!」
「やっりぃ! ありがとな、サンダー!」
 どさりとおろす袋の中身は、スナック菓子の類と、2リットルのペットボトルに入ったお茶の類。眼を丸くしているヨハンに、「なんだ、お前、TRPGは初めてか」と言う。
「あー、えーと、うん」
「オブライエンも初めてらしいな」
「ああ」
「初心者二人か。面倒だな」
「ンなこと言うなって。せっかく面子が集まったんだし」
 十代はにこにこと答える。よっぽど楽しみにしていたんだろう。すでに片手に、見覚えの無い形の、プラスチックのダイスを握り締めている。
「へっへっへ、毎年、夏になるとこれが楽しみなんだよな。去年は万丈目とふたりっきりだったからさぁ、もう、ここの畳部屋で一晩中ずーっとデュエル」
「死ぬかと思った……」
「おれはむちゃくちゃたのしかったぜ! デッキ交換してやってみたりとかな!」
 なるほど、十代にとっての夏というのは、この畳部屋に誰かと二人きりで、ゲームをやって過ごす時期、という意味合いなのか。
 そう納得したなら遠慮は無用。ヨハンもずいとテーブルへと近寄る。ころころと転がっているダイスは色とりどりの透き通ったプラスチック製で、どうやら面が0から9まであるらしい。十面ダイスというやつか。
「へえー、十面ダイスかぁー。見たことはあるけど、振るのってはじめてだ」
「DXだと、これをまとめて10個くらい、ざらざらざらーっと振ったりすんのが楽しいんだぜ」
「今回は既成シナリオですけど、全5回の予定になっています。つまり一日に一話やって、休み中には一キャンペーンをクリアすることになりますね」
「Well…… そりゃたいした過密スケジュールだ」
「問題ないない! 連続して遊んだほうが、途中で気を抜けなくって楽しいんだぜ?」
 にこにこと笑顔でルールブックをめくり出す十代。後ろのほうでなんともいえない渋面であぐらをかいているオブライエンにも、「こっち来いよ」と手招きをする。
「ほら、誰がどういうキャラにするか、さっさと決めようぜ。TRPGは協力が命なんだからな」
「……やれやれ」
「オブライエンはどういうヤツがいいかなぁ。思い切って、ヒロインとかどうだ?」
「やめてくれ。オレはオレでキャラクターを選ばせてもらう」
「そうこなくっちゃあ」
 満面の笑みで答える十代。ふむ、と首をひねりながら、ヨハンはルールブックを開いてみる。既成のキャラクターから選ぶだけでも、前線系、支援系、魔法使い系と、さまざまとバリエーションがありそうだ。
 なんにも評価とか勝ち負けとか気にせずに、ゲームをやってみるのも、たまにはいいかもな。そんな風に思ったのに気付いたのだろう。十代は笑みを浮かべ、「ガッチャ!」といつものポーズを決める。
「これから一週間、楽しいゲームにしようぜっ」
「おうよっ」
 ヨハンはシャーペンを握り締め、キャラクターデータを書き込むための紙へと向かい合う。十代はすぐにルールブックを握り締めて近寄ってきて、ああだのこうだのと説明を始めた。


 ―――お盆休み。
 外国人にとってはいまいちなじみの無い言葉で、それも当たり前、日本に根付いた特別の風習をその元にする休みなのだ。”お盆”とよばれる八月の半ばには、先祖の霊を弔うために、人々は墓参りをしたり、それ以外にもいろいろな行事を行ったりする。とはいえ、実質は半ば有名無実となっていることも珍しくは無い。ひさしぶりに墓参りをし、親戚に顔を見せ、それからちょっとした長い休みを楽しんだりするのだ。
 八月の半ばといえば暑い盛りだが、夕方にもなればいくらか涼しくなる。この人数だけ残されて食事はどうするんだろう、と思ったら、購買のさと子が残される面子のためにそれなりの準備を整えておいてくれたらしい。5時過ぎになるとジムが席を立ち、「よし、メシにすると」と言い出した。
 奇しくもセッションの切れ目の辺り。休みにするには丁度いい。タイミングよく、ジムのキャラは比較的ヒマな立場になっていた。GMのアモンも「じゃあ、一度休みで」と答えてくれる。
「やーりっ。晩飯なんだ、ジムー?」
「あいにくだが、あんまり難しいものは得意じゃないんでなあ。ただ、こいつでスペアリブでも煮込もうと思ってな」
 そう言って差し出して見せたのはコーラの缶。十代は眼を丸くした。
「コーラ!? それで肉を煮るのか!?」
「やわらかくなって美味いんだ。ビールで煮るのもいいんだが、アカデミアに酒はご法度だからな…… 手伝ってくれるか十代」
「うん!」
 うれしそうにうなずいて、たちあがる。授業が無いからだろう。ハーフパンツにTシャツという姿の十代は、サンダルをひっかけて、小走りにジムを追いかけていく。ひとまずセッションも一休み。眉間に皺を寄せてルールブックと向かい合っているヨハンに、オブライエンが、「おい、休みだぞ」と呆れた声をかけた。
「まだ一回なんですから、あんまり根を詰めていると、疲れ果ててしまいますよ?」
「ジャーム化しても知らないぞ」
「分かってる…… でも、ううっ、ルールの把握が甘いせいで負けるなんて、まっぴらごめんだ」
 なにせ、TRPGはルールブックが命だといってもいい。あとはダイスの目が全てだろう。呆れ顔のオブライエンにルールブックを取り上げられた瞬間、ヨハンは、そのままばたんと後ろに倒れこんだ。
「くーそー、足がしびれたーっ」
「さすがゲーム馬鹿二号……」
 万丈目とオブライエンの呆れ顔。けれど、ヨハンは子どもっぽいふくれっつらを隠しもしない。当たり前だ。ルールの把握ができていないせいで、今回、ヨハンはずいぶんと”そん”をしている。
 TRPGのキャラクター作りは、DMのデッキを作るのと似ている。キャラクターの能力値や特殊能力、技能のたぐい。それを初めに許される範囲内で習得し、そのキャラクターをゲームの中でさまざまな場面に従って運用する。ただ、DMとあきらかに違うのは、一人のキャラクターに出来ることが限られているということだろう。一人でなにもかもをやることなんて出来ない。あるキャラクターが前線に立てば、ほかのキャラクターが後ろから支援射撃を行いさらにほかのキャラクターが回復や支援を行う。なるほど、お互いの協力が命というのはそういうことなんだろう。
 しかし。
「……絶対に力押しで戦うキャラが強いとおもったのに」
 だから、ダメージを与える技能をたくさん取得して、キャラクターを作成したのに。
 ふん、と万丈目は馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「力、力で押し続ければなんとかなるというのがアサハカなんだ。相手の防御をすり抜けられんと意味は無いし、そもそも貴様のキャラクターは、相手と隣接しなければ戦えんだろうが」
「うーうーうーっ」
「ラストバトルに期待しておいてください」
 にっこり笑顔で言うアモンが普段の三倍腹黒に見えた。ヨハンはべったりと畳につっぷす。
 全五回…… ということは、一回終わるごとに手に入れられる経験値で、しだいにキャラクターを強化していくしかあるまい。前線に出たいというヨハンのワガママを他のプレイヤーたちが許してくれた代わり、矢面に立ってしまうキャラクターは常にボコボコのタコ殴りの目にあっている。次回以降防御力を上げないと駄目か、あるいは防御支援の得意なキャラクターに支援を強化してくれるように頼み込むか、とヨハンは悶々と考え込む。……そして、ふと、眼を開けたとき。
「あれ」
 部屋の隅っこに置かれた新聞のたばから、なにか、はがきのようなものがはみ出している。
「なんだこりゃ。手紙?」
 すっと引き抜いてよく見れば、宛名書きが十代になっている。家族からの手紙だろうか。無論裏など見はしないが、十代に手紙なんてめずらしいな、と首をかしげる。―――その手紙が、ばっと、傍らからひったくられた。
 万丈目だった。
 もとからきつい印象の目をますますきつくしてヨハンを睨み、「人の手紙を見るなんて趣味が悪い」と言い放つ。ちょっとむっとした。「覗く気なんて無い!」と言い返す。
 万丈目は、なれた手つきで、十代の荷物から覗いているファイルに、手紙を放り込む。中を見るとずいぶんと手紙が溜まっているようだった。十代ってそんなに家族と頻繁に手紙をやりとりしてたんだろうか。思わず首をかしげているヨハンに、「おい」と万丈目が言う。
「へ? ……何?」
「飯を作ってる連中に、飲み物でも持っていってやれ」
「なんでオレが」
「いいから!」
 有無を言わさず袋を押し付けられる。ヨハンは目を丸くした。


「なんでオレなんだ……?」
 首をかしげながら図書室を出て、近くにある調理室へと行く。煮炊きのためにそこだけ電源が残されているのだ。けれど、廊下は暗い。蛍光灯のひとつも付けられていない。
 がさ、と紙袋の中に手を突っ込んでみると、ぬるくなったジンジャエールやら、ミネラルウォーターやらの瓶が入っている。わざわざ持っていく必要があるのかなあ、と思わず首を傾げてしまう。そうこうするうちに調理室の入り口あたりへと辿りつく―――
「……んとうに、帰らなくていいのか、十代」
「うん。それに、オレがいないほうが平和みたいだしさ」
 耳にとびこんできた小さな声。そのやりとりがひどく剣呑だ。ヨハンは思わず立ち止まる。
 そろり、と調理室の中を見ると、分厚い鉄の鍋のまえにジムが立っている。いつものテンガロンハットがちかくの台の上に置かれていた。濡れてなめらかに光る包丁の刃、洗って立ててあるまな板。
「死んだばあちゃんもおれには会いたくないって言ってたみたいだし、親戚がいっぱいあつまってるとこにおれがいるともめちゃうからさ。とーさんとかーさんに会いたくなったら、別の時期に帰るよ」
「そんなこといって、アカデミアに入ってから、一度も帰っていないと聞いたぞ」
「……」
「十代は入学してから一度も家に帰ってない。それどころか、アカデミアに入る前からひとり暮らしをしていて、ほとんど両親と顔をあわせていない」
「……あはは。たいしたことじゃないだろ。ジムだって、万丈目だって、そうじゃん?」
「オレはdaddyにもmammyにも、いつも、写真や手紙を送っている。アモンも、ヨハンもそうだ。遠くに居るからこそfamilyはお互いを思うことが必要なんじゃないのか。そして、オブライエンには、送る相手もいない……」
 十代の声が聞こえなくなる。ヨハンは立ち尽くしたまま動けなくなる。
 十代がどんな顔をしているのか分からない。いつも元気な、いつも明るい十代が、どんな顔をしてこんな話をするというのか。
 ―――なぜ、アカデミアの生徒がありたけ実家に帰ってしまう時期、十代一人がアカデミアに残っているのか、疑問に思ってはいた。
 翔も剣山も、天上院兄妹も、みんなが家に帰った。身内を持たないエド・フェニックスは、兄同然に慕っている斎王兄妹を近くで見舞えるように近所にホテルを取ったらしい。アカデミアに残った万丈目には、家と決別したい、という決意がある。そして自分たちには、18歳にして既にひとり立ちをして、家族とは相応の距離をとるという意思がある。
 カタカタと鍋の蓋が鳴るだけの沈黙。やがて、ぽつりと声がした。
「おれ、産んでもらっただけで幸せだからさ。それ以上、もう、迷惑かけらんないよ」
 あはは、と笑い声が後に続いた。波にさらされた木のような、乾ききって、透き通った声だった。なんといっていいのか分からなくなる。ヨハンはそこに立ち尽くす。
《何もいえない》
《何もいえるわけが無い》
 ―――だって、あの言葉を言ったのが、十代なのだ。
 あの十代が。
 誰よりも、生きることを楽しんでいるように見える、十代が。
 ……そのとき、ふと、ヨハンは気付いた。
 紙袋の中に、一冊の、薄っぺらい絵本が入っているということに。




 
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