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 その、夜。
 シャワーを浴びようと服を脱ぐと、ポケットから何かが落ちて、カチンと床に音を立てた。なんだろうと見ると銀の鍵だ。ああ、とヨハンはようやく思い出す。
 そうだ、こんなのを十代の部屋で拾って、それで……
「あちゃー……」
 いくら拾い物、まして、たぶん誰かの忘れ物だとしても、勝手に持ち出すのはいくらなんでもまずいだろう。明日十代には確認しておくとして、それよりも前に持ち主を探さないと。ヨハンは急いで服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
 濡れたままの髪をタオルで拭きながら外に出ると、まだ、窓の外は淡い霧の世界だ。
 ブルー寮はホテルといっても通るような建物のつくりをしていて、あちこちにちょっとした談話コーナーめいた調度、あるいは軽く本を読むためのコーナーなどがある。それでも人が集まる場所というのはあるものだ。吹雪がよく妹たちのために紅茶を入れているあたりに見当をつけて、そちらのほうへ行ってみる。
 ―――近づいてみると、なんだか、尋常ならざる気配が伝わってきた。
「……だからあいつは、いつまでもわがままで強情で! 自分のことしか考えていないんだ、まったく!!」
「まぁまぁ、おちつきなさいよ、万丈目くん」
「そうよ。それに、十代にだって事情があったんだとおもうわ。誰だって、言われるとすごくショックなこととかがあったりするし」
「竜の逆鱗ってヤツだね。ほら、特別のニルギリにブランデーも入れてあげたから、元気を出しなさい」
 聞きなれた声で誰だかわかる。ヨハンは思わず、肩に乗ったルビーと顔を見合わせた。そのまま顔を出すと、「あ、ヨハン」と吹雪が声を上げる。
「ちょうどよかった。お茶を入れたんだけど、飲むかい?」
「いただきます。ところで、あの……?」
 いつもの黒い服の万丈目が、いかにも憮然とした態度で、ソファに足を組んでいた。「十代のことだ!」と大声で言う。
「え? 十代が、どうしたって?」
「なくし物をしたらしい。さっきから、話しかけてもろくに返事もしないで探し回っている。飯も食わないで必死だから、何をしているんだと聞いたら、”鍵”をなくしたんだそうだ」
 ―――鍵?
 ヨハンは、胸の中で、心臓がごとりとはねるのを感じた。
「鍵ねえ、鍵。十代くんが?」
「師匠だってそう思うでしょうが。あいつは、そもそも寝るときにすら、部屋に鍵をかけないやつなんだ」
 だから、だれだって好きなときに十代の部屋にあがりこむし、十代はというとかえってそれを歓迎している気配すらあるくらい。
 コトコトと走り出した心臓を感じるヨハンにも気づかず、三人は、十代の話でそれぞれに首をかしげあっている。
「俺がわざわざ探してやろうと言いだしてやったのに、一人で探すの一点張りで…… オブライエンなら鍵開けの類も得意だったはずだとか、親切のつもりでいろいろいってやったのに、何一つまともに聞きゃしない。なんなんだ、あいつは!!」
「まぁまぁ」
 吹雪がなだめるようにいい、自前のものらしいティーカップに紅茶を注いだ。ミルクを入れ、一滴のブランデーを足して、万丈目に差し出す。
「なんの鍵だかしらないけど、その中にはよっぽど人に見せたくないものでも入っていたんじゃないのかい? だから、キミにも触ってもらいたくなかったとかね」
「十代が、絶対に人に見せたくないもの…… あると思うの、兄さん?」
「まあ、たしかにそうだけど」
 ヨハンは、ポケットの中で、小さな鍵を握り締めた。
 きっと十代が探していたのはこれだ…… と思う。部屋からなくなった鍵、というとこれのほかに思いつかなかった。でも、まさか十代のものだったとは。しかもそんなに大切にしているものだったなんて。
「なあ、明日香、吹雪さん、万丈目」 
 ヨハンがふいに問いかける。三人が振り返った。
「誰にも見せたくないような宝物って、そういうもの、やっぱり誰にでもあるものなのかな?」
 三人三様に、顔を見合わせた。
「それは――― ねえ?」
「明日香だって女の子だもんね」
 明日香がちょっと困ったような顔をすると、吹雪がすかさず茶々を入れる。
「そういう意味じゃないわよ、兄さん! ……でも、宝物くらい、あるわ。祖母の形見のブローチとか」
「へえ?」
 目を丸くするヨハンに、明日香は、少し困ったような、照れたような顔で、答える。
「コンクシェルのちいさなカメオのブローチで、周りには小さなコンクパールとシードパールのモチーフがついているの。とても古いものだというわ。それに、祖母はそもそも日本の人じゃなかったから……」
「あれ、じゃあ、吹雪さんと明日香って、クオーターなのか」
 たしかに、目元の涼しげであごの細い面差しや、色の白さなんかは、どことなく日本人離れをしている。納得がいく話ではあった。
「僕の見せてもらったことがあるよ。とてもきれいなものさ! 明日香がお嫁さんに行くときには、きっと、身に着けるといいだろうなあ」
 兄さんったら、と明日香はあきれ声を上げるが、吹雪は答えない。ふーむ、と考え込んであごに手を当てた。
「まあ、そりゃそうだな。秘密の宝物ねえ…… 僕にもあるな。蝶々の標本とか、古い本とかね」
「何の本なの?」
「ヒミツだよ、妹よ。だって、タイトルをいってしまったらヒミツの意味がない」
 秘密のことの話をしているのに、ふたりはずいぶんと楽しそうだなあ、とヨハンは思う。そういう風にばらしてしまって面白いからこその”ひみつ”なのかもしれないけれど……
 憮然とした顔で紅茶をすすっている万丈目一人からだけコメントがない。ヨハンがじいっと見つめると、「なんだ」と細い眉毛を吊り上げた。
「なあ、十代…… どうしたんだ?」
「知るか!」
 投げ出すというよりも、怒ったような口調だった。
「あの分だったら、いまだに家中家捜ししてるんじゃないのか? 飯も食わないで必死で探してたからな」
「……」
「ばかばかしい。鍵なんてなくなって当たり前のものだろうが」
 たしかに、失せもの無くしもののなかで一番一般的なもののひとつといえば、間違いなく鍵だろう。万丈目ははき捨てる。
「俺たちにまで、勝手に持ち出していないか聞いたりして…… 失礼なやつだ!」
 心臓がコトコト騒いでいる。ポケットの中の鍵を握り締めるヨハンの手は、わずかに、汗ばんでいた。
 間違いない。これは、十代のものだったのだ。それも、とても大切な宝物、というレベルのもの。
 けれど、なぜそれをあんな場所に隠していたんだろうか。しかも、モノが”鍵”だという。ほとんど鍵らしきものを使うことがない十代が、心から大切にしている鍵。
「なあヨハン、お前からもいってやってくれ」
 心底あきれはてた、という調子で、万丈目が言う。
「あれだけうろうろされていると、こっちのほうが目障りなんだ! どうしても鍵が見つからないんだったら、さっさと誰かに開けてもらうなり、合鍵を作るなりしろ、とな!」
 










 そのまま、ブルー寮を出たヨハンが十代を見つけたのは、ほんの、まもなくの後のことだった。
 レッド寮から学校への道すがらを、白いパンツの足を泥だらけにしながら、あちこち覗き込んでいる。歩いている最中に落としたとでも思ったのか。ヨハンが気づいても気づきもしない。「十代」と声をかけると、その背中がびくんと跳ねた。
「うわっ! ……な、なんだ、ヨハンか。びっくりした」
「何やってんだ?」
 答えを知っていて、あえて聞いてみる。自分自身でそんな言動を取っている自分が不可解だった。そんなヨハンの混乱に気づく様子もなく、十代は、「うーん」と困り笑顔で頬を掻いた。指先が草で切って傷だらけだった。
「大切なもの…… ちょっとさ、無くなっちゃって。どこいったのかと思ってさあ」
「万丈目が、鍵、探してるって言ってたぜ。それのことか?」
「……」
 十代は黙る。ヨハンは心のどこかがキシリと軋むのを感じる。不可解な痛みをむりやりに飲み下して、笑顔を作り、「ちょっと休めば?」と言った。
「え? う、うーん」
「ほら、もう真っ暗だぜ。そんな小さなもの、探したって大変なだけだろ。それに十代、膝も手も真っ黒じゃないか」
「……ほんとだ」
 気づいてすらいなかったのか。自分の手が無数の細かい切り傷におおわれていることに初めて気づいて、こまったように両手の指を広げる。爪に土が入って真っ黒だ。ヨハンは思わず顔をしかめた。
「こっち座れよ、ほら」
「でも……」
「いいから!」
 差し入れのつもりで持ってきたのがミネラルウォーターでよかった。持っていたハンカチを濡らし、それで十代の手をぬぐってやる。爪の間につまった土を落とし、草の葉がつけた細かい切り傷を丁寧にぬぐった。くずぐったいのか十代は妙な顔をする。笑い出しそうな、我慢しているような。
「くすぐってぇ! そんなにやんなくたって平気だってば」
「バカ。お前はしらないかもしれないけどな、草で切るってのはけっこう怖いんだよ。破傷風っていって、昔はそのせいで指とか無くすやつもいたんだ」
「ぅえええ!?」
 昔はな、とヨハンは頭の中だけで付け加える。そうして、うろたえている十代の顔を眺めて、ちょっとばかり意地悪な楽しみを味わった。
 草には夜露が降りていた。つめたくて静かな空気が、しんしんと、真夜中の空から降ってくる。霧はまだ晴れきらず、うっすらと曇った空気が光をにじませる。等間隔にともった街灯がみんな暈をかぶっていて、淡い虹色の輪をうかべていた。もうじき月が昇れば、月にも暈がかかる。白く淡い虹の輪が。
 けれど、十代は見ていない。目はためらいがちに地面のほうをさまよっていて、ただ、鍵を探すことだけに必死みたいだった。つまらない、という考えを、ヨハンは無理やり頭から追い出した。なんてことだ。自分は、十代に、当の鍵とやらを返しに来たんじゃないか!
「鍵を探してるんだってな、十代」
「そうなんだ……」
「万丈目が怒ってたぜ。そんなに大切な鍵だったら、見つかるかどうかもわからないくらいだったら、合鍵を作ってもらったらどうかって」
 だが、なにげなく言ったヨハンは、返ってくる返事の強さを、予想もしていなかった。
「合鍵じゃだめなんだ!」
 十代の声は、ひどく、強かった。
 おどろいて振り返るヨハンに、十代は、戸惑い気味の目でうつむいている。そのとび色の目に見たことのない表情。
「駄目なんだよ…… すごく大切な鍵なんだ。だから、代わりなんてどこにもないんだ。だから、無くすなんて、そんな……」
 その鍵は、自分の、ポケットの中にあるのに。
 うつむき黙りこんだ十代に、ヨハンは、ひそかに感謝した。自分がどんな顔をしているかなんて、想像もつかなかった。
 返せばいいんだ。いま、ここで。
 ただ勘違いをして、十代の部屋で鍵を拾って、持ち出してしまった。悪気はなかったけど、十代を困らせてしまったのは悪いと思ってる。ゆるしてもらいたい。―――それで、いい。
 それでいいはずなのに、握り締めた手が、どうしても鍵を放してくれない。
「でもさ、中身がいるんだろう? だったら、開けてもらうしかないんじゃないか? 鍵開けのできるやつだったら、ちょうど、何人もいるわけだし」
「……ありがとう、ヨハン」
 十代はちからなく笑い、首を横に振った。
「でも、だめなんだ、そういうんじゃ」
「……」
 黙るヨハンに、十代が、ふと、顔を上げる。そうしてちょっとだけ笑うと、「こういうの、知ってる?」といい、小指を差し出す。
「? なんだそりゃ」
「手、貸せよ」
 言われるままに手を差し出すと、十代がヨハンの小指に小指を絡める。体温。少し、どきりとした。十代はからませた小指をすこし揺らしながら、まるで、歌うように何かを唱える。
「ゆーびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、指きった!」
 最後に、ぱっ、と指を離された。
 何をされたのか、ヨハンにはさっぱりわからない。ただ困惑して自分の手を、正確には、小指を見つめる。十代を見上げると、うれしそうな、すこし哀しそうな、なんとも言いがたい不思議な顔をしていた。
「なんだ、これ?」
「日本のおまじないかな。どうやっても絶対に破っちゃいけない約束をするときとかに、子どもが、こうやって指切りをするんだ」
 十代は手を軽く眼前にかざす。自分の小指を懐かしそうに見上げた。
「―――でも駄目だな。おれ、約束やぶっちまったもん。針千本、飲まないと」
「十代……」
「あ、でも、もう飲んでるかな」
 あはは、と十代は力なく笑った。
「……針千本飲まされたみたいに、なんか気持ちが、ざくざく痛い感じがする。大げさかなあ」
 膝をかかえる十代を、ヨハンは、ただ、見ていた。
 胸のなかでいろいろなことが交じり合い、破裂しそうで、何を言えばいいのか、わからない。
 ただ、返せばいいのだ。わかりきっているじゃないか。鍵は間違って部屋で拾って持ち出してしまったんだと。そういえば十代は許してくれるだろうし、自分にだって悪意なんてかけらもなかったことくらい、わかってくれるはず。
 なのに――― 手が動かない。
 ポケットの中にある鍵が、ずしりと重いのに、どうしても返せない。
 どうして? なぜ?
 ひどい困惑の中、ヨハンは、精一杯に笑顔を作る。作り笑顔だと看過されるわけにはいかなかった。いつもの自分らしく笑って、「なあ十代」と話しかける。
「ん?」
「その鍵を差すための箱とか棚とかさ、どこにあるんだ?」
 もしかしたら、おれ、それを見せてもらったら、役に立てるかもしれない、とヨハンは言う。
「それにオレ、十代がそんだけ大事にしてるものって、一回見てみたいよ」
 見せてくれたら。
 見せてくれたら、鍵を渡して、そうして、開けてやればいいんだ。なんでもなかったように。そうだろう?
 ヨハンはそう思っていた。そうして、十代もヨハンの思ったとおりに答えてくれると。
 けれど。
「ごめん、それはだめなんだ」
 十代は笑った。ひどく哀しそうに。
「あれだけは誰にも見せられないんだ。……ヨハン、ほんとにごめんな」










 まだ探すから、といって十代はそのまま外に残るようだった。ヨハンはしばらく手伝う振りをしてからそこを離れた。あまりにいたたまれなかったからだ。
 誰もいない、霧に濡れた路を歩いていると、やがて、目の前にブルー寮の瀟洒な建物が見えてくる。こんなときに限って迷いもしないのだ。あまりの情けなさに、なんだか、笑いを漏らすしかなかった。
 ヨハンが手を開くと、そこには鍵がある。銀で作られ、青い石のはまった、まるでアクセサリーのような鍵が。
 今も十代は、いっしょうけんめい、あるはずもない鍵を探している。手も足も土だらけにして、見当違いの場所を、必死で探し回っているのだ。あのままだと寝食すら忘れかねない。―――全部、ヨハンのせいだ。
 
 千本、針を飲んだみたいに、気持ちが痛い。

 ―――この鍵が、十代にとって、そんなにも大切なものなんて。
 十代の部屋には鍵がない。そう、信じていた。
 いつも開けっ放しにされていて、誰が行ってもよくて、そこにいけば、いつだって十代が笑いながら待っていてくれる。十代には鍵なんていらなかった。鍵なんてものを、大切にしてほしくなかった。
 ぼんやりと視線を向けると、貯水池としてつくられた湖の上に、うっすらと霧がただよっていた。手元の鍵を見下ろして迷う。いっそ、あそこに投げ捨ててしまおうか。
 そうすれば、こんな小さな鍵なんて、湖のそこにたまった泥に埋もれて、二度と見つからない。
 ぐっ、とこぶしに力がこもった。ヨハンは腕を振り上げる。
 けれど。
 ……ちいさなちいさな力が、それを、止めた。
 肩を見ると、そこに、ルビーがいる。ヨハンの袖を咥え、必死の力でひっぱっていた。
《るびーっ!!》
 大きな目は、その名のとおり、最高級のルビーだけが持つピジョン・ブラッドの色をしている。その目を見ているうちに力が抜けた。ヨハンは力なく腕を落とす。そのまま、草の上に、座り込んでしまった。
「ありがとう、ルビー。ありがとう…… ごめん」
 苦しい、羞かしい、情けない、哀しい。
 何もかもがないまぜになって、なんだか、涙が出そうだった。
 十代が大切にしていた鍵を、まちがえて持ってきてしまった。それを無くしたのだと思った十代が必死で探している。それだけ、たったそれだけのことだ。
 なのに、どうして、一番簡単な答えが出せないんだろう。
 わかっていた。そんなものは、ヨハンの身勝手な思い込みのせいだ。
 十代には、何に対しても、鍵なんてかけてほしくはない、という。
 そばにいて、笑いあって、デュエルして、それだけでよかった。それだけで全部がわかって、それだけでお互いに好きになれると思っていた。甘い、子どもじみた思い込み。そんな思い込みを、握り締めた銀の鍵の温度が、あざ笑っている。
 何もかも秘密を打ち明けあって、そうやって、自分は誰よりも十代の大切な友人になれたと思っていた。
 だが、それが、どうだ。こんな些細なことで、十代に、あんな思いをさせてしまっている。
 必死で草の間を探し回る十代の手は、草で切った小さな傷だらけだった。いつもならカードを鮮やかにさばく指、美しく伸びやかなはずの手が、土にまみれて傷だらけだ。それどころか万丈目との間にすらいらない不和の種を撒いて。
 ……どうして自分は、十代に、これを返してやれない?
 あんなにも大切にしている十代に、この鍵を、返してやらないんだ?
 手にしている鍵は、小さいのに、あまりに重く感じた。手にしているのがつらいくらいだった。
 ヨハンはしばらく鍵を見つめていて、やがて、立ち上がる。そうして近くの木の下へ行く。ついてきたルビーが不安げに鳴いた。大きく目立つ木の根元、いちばんわかりやすい場所に、ヨハンは穴を掘り始める。白い素手がすぐに土にまみれた。
 木の根が邪魔をする。砂利が爪の間に食い込む。けれど、ヨハンは黙って穴を掘る。霧に閉ざされて誰からもその姿は見えなかっただろう。そうして、肘までとどくくらいの穴がほれたとき、ヨハンは、ポケットから取り出したハンカチに銀の鍵を丁寧に包むと、穴の底に置いた。
《るびー……》
 ルビーが、不安げに鳴く。ヨハンは掘り返した土で、丁寧に穴を埋めなおしていく。新しい土のにおい。霧のにおい。
 そして、穴を完全にふさぐと、ヨハンは、ていねいにたたいてその穴を隠した。近くにあった大き目の石をみつけてきて、それを穴の上に置く。
「笑えよ、ルビー」
 ヨハンは、ぽつりと、つぶやいた。
「これをずっともってるのって…… なんだか怖いんだ」
 小さな幻獣は、うめられてしまった鍵のまわりを、ふんふんと不安げにかぎまわる。そうして顔を上げると、《るびぃー……》と、なんとも不安げに鳴いた。




 
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